東京地方裁判所 昭和52年(ワ)7744号 判決 1981年4月28日
原告
株式会社風俗文化研究所
(反訴被告)
右代表者
片岡マヤ
右訴訟代理人
大橋光雄
外二名
被告
富士ビル開発株式会社
(反訴原告)
右代表者
浅井忠良
右訴訟代理人
小林宏也
外二名
主文
一 原告(反訴被告)と被告(反訴原告)の間において、別紙物件目録記載(二)の建物部分の昭和五一年一一月一日以降同五五年七月二九日までの賃料は一か月一二万一、九六〇円、共同管理費用は一か月六万三、四一八円であることを確認する。
二 原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)から一、四〇〇万円の支払を受けるのと引換えに被告(反訴原告)に対し別紙物件目録記載(二)の建物部分を明渡せ。
三 原告(反訴被告)のその余の本訴請求及び被告(反訴原告)のその余の反訴請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は本訴及び反訴につき生じたものを通じてこれを五分し、その一を被告(反訴原告)の、その余を原告(反訴被告)の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
(本訴)
一 請求の趣旨
1 原告(反訴被告。以下単に「原告」という。)と被告(反訴原告。以下単に「被告」という。)との間において、原告が別紙物件目録記載(二)の建物部分(以下「本件店舗」という。)につき賃借権を有することを確認する。
2 原告と被告との間において、本件店舗の賃料は昭和五一年一一月一日以降同五四年六月一四日までは一か月一二万一、九六〇円、同月一五日以降は一か月六万〇、九八〇円、共同管理費用は同五一年一一月一日以降同五四年六月一四日までは一か月六万三、四一八円、同月一五日以降は一か月三万一、七〇九円であることを確認する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(反訴)
一 請求の趣旨
1(主位的請求)
原告は被告に対し本件店舗を明渡し、かつ昭和四九年八月一日以降右明渡済に至るまで一か月四八万七、八四〇円の割合による金員を支払え。
2 (予備的請求)
主文第二項と同旨
3 訴訟費用は原告の負担とする。
4 第一、第二項につき仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 被告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 本訴請求原因
1 原告は昭和四五年一〇月二〇日被告からその所有する別紙物件目録記載(一)の建物(ショッピングセンタービル。名称「吉祥寺ターミナルエコー」。以下「本件ビル」という。)内の本件店舗を「マヤ片岡」美容室として営業する目的で賃借し(但し、本件店舗中27.5平方メートルは昭和四六年八月一六日借り増した。)、その引渡を受けた。
2 本件店舗の月額賃料は二四万三、九二〇円、共同管理費用は一か月一二万六、八三六円であり、その計算方法は左記のとおりの約定であつた。
(一) 毎月一日より同月末日までの契約面積一平方メートル当りの売上金額二万円まではその一〇パーセント。
(二) 売上金額二万円を超える部分(但し、昭和四八年三月二八日売上金額三万五、〇〇〇円を超える額と変更された。)についてはその超過額の三パーセントを加算した額。
(三) 但し、最低額は売上金額にかかわらず一平方メートル当り二、〇〇〇円とする。
3 しかるに、被告は昭和四九年一月二九日付内容証明郵便にて六か月の予告期間付で本件店舗賃貸借契約を解約する旨の通知を原告に対してなし、以後原告の賃借権の存在を争つている。
4(一) そして被告は昭和四九年初頃から本件ビルのエスカレーターやエレベーターの運転を一部中止したり、階段のシャッターを降ろしたりしはじめ、同年一二月以降はエレベーターは客用三台中一台だけ運転し、荷物運搬用エレベーターも一日四時間しか運転せず、エスカレーターは全く運転しない。
また、昭和四九年夏には本件ビルの冷房を停止したり弱めたりし、同年の冬には暖房についても同様の行為をし、同五〇年夏からは一切の冷暖房を行なわなくなつた。
更らに本件ビルの出入口は七ケ所あつたのを次々と閉鎖し、二ケ所しか開けていない。その外本件店舗の存する本件ビル五階の便所も昭和五〇年九月二二日以降閉鎖した。なお原告は被告の右行為のため昭和五四年六月現在本件店舗を営業準備(タオルの洗濯乾燥など)用に使用し、営業用には使用していない。
(二) 前項の被告の各行為は、本件店舗の賃貸人としての義務に違反するものであり、原告は賃料共同管理費用に見合う賃貸人のサービスを受け得ない状態にある。
(三) そこで、原告は昭和五二年一月二〇日の本訴第一回口頭弁論期日に被告に対し、本件店舗の賃料及び共同管理費用をそれぞれ昭和五一年一一月一日以降各半額の一か月一二万一、九六〇円、六万三、四一八円に減額するよう意思表示をし、更に昭和五四年六月一四日の本訴第一八回口頭弁論期日に本件店舗の賃料及び共同管理費用をそれぞれ昭和五四年六月一五日以降各二五パーセントの一か月六万〇、九八〇円、三万一、七〇九円に減額するよう意思表示をした。
よつて、原告は被告との間で原告が本件店舗につき賃借権を有すること及びその賃料及び共同管理費用が請求の趣旨第二項記載のとおりであることの各確認を求める。<以下、省略>
理由
一本訴請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがない。
二本件店舗賃貸借契約解除の主張について
1 被告が昭和五二年二月二八日の本訴第二回口頭弁論期日に原告に対し、本件店舗の使用について様々の違反行為があるとして本件店舗賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは訴訟上明らかである。
2 <証拠>によると、原、被告間の本件店舗賃貸借契約締結に際しては、原告は被告に対し本件店舗の営業に関しては関係諸法令、諸契約のほか営業規則に従う旨を約し、その営業規則中には原告は毎日当日の売上高を被告の指定した用紙に記入して翌朝開店前に被告に提出し、毎月の営業成績も所定の様式にて翌月五日までに被告に報告するように定められ(なお、原、被告間営業報告に関する定めのあつたことは当事者間に争いがない。)当初は右定めに沿う運用が行なわれていたが、原告は昭和四九年九月以降はこれを行つていない。しかしこれは被告が昭和四九月八月以降本件店舗の賃貸借契約は解約により終了したと主張し同五一年一〇月以降は賃料名下の使用料の受領を拒絶していることから賃料等の算定の基礎資料となる右報告書の必要性は実質的になくなつていること、又原告は欠陥のあるガス湯沸器を本件店舗内で一時使用したがその使用期間も限られた短日時であつたこと、昭和五一年二月二日には退館時の火気取締義務を怠り、ガスコンロにかけてあつたヤカンの水がなくなり加熱するとの事故を発生させたことがあり、そのほか本件店舗の間仕切上部にビニール幕をはつたりしたがこれも冬期間に本件ビル内には暖房がないためストーブの効率を高めるためにやむを得ずしたことであつて、その期間も短かかつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
3 そこで被告主張の本件店舗賃貸借契約の解除が認められるか否かにつき判断する。
(一) 被告は2において認定した(1)営業報告の懈怠、(2)欠陥湯沸器の使用、(3)本件店舗間仕切上部のビニール幕の設置はいずれも賃貸借契約の解除原因として主張するが、これらは、契約を解除せしむるほどの重大なる原告の賃借人としての義務の懈怠ということはできず、賃貸人と賃借人の関係が円滑な状態にある場合でないことは後記認定のとおりであるからかかる情況下においてはこれらの行為が被告の一方的に責められるべき義務違反とは言えないし通常の貸借関係にある場合にはいずれも賃貸人と賃借人との誠意ある対応によつて容易に改善可能な事柄であつて賃貸借契約の解除を認めるべき義務違反とはいえない。
(二) 解除原因として被告が主張するもののうち原告が本件店舗(追加契約分)の賃貸借契約締結の際、本訴請求原因2(二)記載の三パーセント加算条項についての契約書の「四六年」の文字を「四七年」と勝手に書き換えたとするものについては、これに沿うかの如き証人米多三郎の証言(第一回)部分は単なる推測というべきであり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。又後記認定のとおり、ガスストーブ及び冷房機の本件店舗内への搬入については原告は被告から暖房の供給を停止され美容室の営業を維持することが困難となつたので被告にその設置の許可を求めたが拒否され止むを得ず仮処分を申し立て仮処分手続の審尋中にこれを実行する際被告の従業員が妨害したため紛争を生じたが事前又は事後に右各仮処分決定を得ており、又被告側の対応にも問題があつたのであるし、本件店舗を美容室で使用するタオルの乾燥用に使用したとする点も用法変更とまでいうことはできない。
(三) その他被告の主張する契約の解除原因はいずれも解除を認めるほどの賃借人の義務違反行為とはいえない瑣末な事項かあるいは証拠上解除原因の存在を認めることのできないものであつて、一方被告において後記認定のとおり被告においても理由はいかにせよ賃貸人として賃借人に対して行なうべき種々のサービスを懈怠している状況を考慮すれば、被告の本件店舗賃貸借契約解除の主張は理由がないというべきである。
三 本件店舗賃貸借契約解約の主張について
1 被告が昭和四九年一月三一日原告到達の書面にて右書面到達後六か月以内に本件店舗の月額賃料二四万三、九二〇円を七三万七、五九七円に、共同管理費月額一二万六、八三二円を二〇万四、八八八円に、敷金二九二万七、〇四〇円を八八五万一、一六一円に、入居保証金一、七〇七万四、四〇〇円を八、一九五万五、二〇〇円にそれぞれ値上し改定する旨通知しこれに応じない場合には本件店舗賃貸借契約を解約する旨の意思表示をしたことはいずれも当事者間に争いがない。
2 <証拠>によると次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 本件ビルは昭和四五年一一月一日に開業した京王井の頭線吉祥寺駅ターミナルビルの形態をとるショッピングセンターで、ビル内に衣料・家具・書籍・食堂等の各種の小売店舗が被告から場所を賃借して営業しておりその数は八〇店舗を越していたが、当時は国鉄吉祥寺駅周辺が商業地域として未だ発展が充分でなく、又本件ビルが繁華な商店街となつていた同駅北口と比して開発の遅れた駅南口に位置していたという場所的不利もあつて、被告の当初の予想に反して開業前の各店舗賃借人募集の際も入居希望者は容易に集まらず、そのため入居保証金、敷金、賃料等は被告が予め設定していた基準どおりの内容で賃貸することが困難となり、結局大型店舗である「三愛」「ハヤミズ」「東京堂書店」等全店舗の貸付面積の六割相当部分について徴集を予定していた合計約一八億円の入居保証金を徴することができなかつた。原告との契約締結においても、同様の事情で本件店舗の賃料、敷金、入居保証金ともこれより場所的に不利でありそれ故より低廉な八階の飲食堂街と同一の基準で算出した金額とせざるを得なかつたこと、通路等の共用部分の一部の面積を専有使用面積に附加して契約面積とするのが通常の面積算定方法であつたが共用部分を契約面積に含ませないことにし、契約面積一平方メートル当りの売上高が二万円を超える部分につきその超過額の三パーセントを加算して賃料とするとの約定についてもこれを一年間は適用しないことにするなど譲歩し、当初の基準より下廻つた価格にて契約が結ばれ(賃料及び共同管理費は一において認定したとおりの額であり、入居保証金が一、七〇七万四、四〇〇円、敷金が二九二万七、〇四〇円であつたことは当事者間に争いがない。)だが、右金額といえども本件ビル近隣の同程度の店舗と比して必ずしも低廉という訳ではなかつた。
(二) 被告は本件ビルの建設費用等の一部に各店舗賃借人から徴集する予定の三〇億円ほどの入居保証金を充当しようと計画していたが、前認定のとおり入居保証金は約四割の一二億円ほどしか徴収できなかつたため、右費用支払のための資金を金融機関からの借入金によつて捻出せざるを得なくなり、そのための金利負担が増加したほか、諸物価の高騰、石油ショック等による本件ビル施設保守に要する費用の増大などにより、昭和四五年一一月の本件ビル開業時には約五億円であつた欠損額も、昭和四九年三月には累積約二五億円の欠損となり、経営危機に陥つた。又、被告は近々に吉祥寺駅のバスターミナルが南口へ移転するものと予想していたが、これが実現せず、本件ビルとほぼ同じ時期に開業した吉祥寺駅北口ターミナルビル「ロンロン」は盛況を呈しているのに反し本件ビルは顧客も少なく、各店舗の売上額が飛躍的に伸びることは期待し得ない状況にあつた。
(三) そこで被告は昭和四八年一二月二七日発信の書面にて本件ビルの全店舗賃借人に対し、賃料、入居保証金、敷金いずれも当初の基準の二割増にて計算する額に値上し、従前入居保証金を徴収していなかつた賃借人からもこれを徴収して他の賃借人との間の格差を是正すると共に、共同管理費も一平方メートル当り八〇〇円から一、二〇〇円に値上したい旨の申入をなした。被告としては右措置により敷金、入居保証金として新たに四九億円ほどの収入を得累積赤字を解消し経営基盤の安定を図ろうと考えた。右申入によると原告については賃料月額二四万三、九二〇円が七三万七、五九七円に、共同管理費一か月一二万六、八三二円が二〇万四、八八八円に、敷金二九二万七、〇四〇円が八八五万一、一六一円に、入居保証金一、七〇七万四、四〇〇円が八、一九五万五、二〇〇円になることになる(なお、被告が本件ビルの全店舗賃借人に賃料等の値上げの申入をなし、右申入によると原告について賃料等が前認定のとおりの額となることは当事者間に争いがない。)。そして被告は右申入に続いて昭和四九年一月二九日には書面をもつて被告の値上げ案に各賃借人が六か月以内に応じない場合には本件ビルを自己の計画により使用するので、賃貸借契約を解約する旨の通知をなし、右通知は同月三一日に原告に到達した(被告の解約通知が原告に昭和四九年一月三一日に到達したことが当事者間に争いなきこと前認定のとおり。)が、右通知において被告が賃料等の値上げの理由としたものは、諸物価高騰による管理費用負担の増加というものであり、後でビル建設時の資金負担による経営難を追加したが、いずれもその具体的内容につき被告から賃借人らに説明するところはなかつた。
ところで被告の値上げ案は一部賃借人にとつては賃料等が一〇倍を超えて値上げされるという大幅のものであつた上、入居保証金についても一方的通知をもつてこれを追加徴収する法的根拠も全く存せず、又各店舗の売上の伸びも右の値上に対応できるほどでなかつたこともあり、右提案に直ちに応ずるものがいる訳もなく、一五、六店舗が被告との交渉の結果、被告の値上げ案に沿う線でこれに応じたのみであつた。原告と被告との交渉においても、原告は賃料は常識の範囲内と思われる二、三割の値上げであれば応ずるが入居保証金の追加徴収には一切応じられない旨主張し、一方被告は従前の約定どおり八階の飲食堂街の賃料等の値上げ案程度までは減額してもよい旨主張し(右認定に反する原告代表者の供述部分は措信しない。)だが、その差はあまりに大きく話し合いは決裂したまま六か月後の昭和四九年八月一日を経過した。
なお、被告の本件ビルの自己使用計画とは、本件ビル内の各賃借人が賃料等の値上げに応じない場合、これを全面的に退去させて、新たな賃貸条件を受諾する資金力豊かな賃借人を入居させようという内容のものであつて、いかなる方法で自ら本件ビルを小型デパートとして使用するかについての具体的計画は、解約申入の時点では煮つまつていなかつた。
(四) 昭和四九年七月までに一八店舗が被告との賃貸借契約を合意解約して本件ビルから退去したが、被告は同年八月に入り解約申入期間を経過した以上賃貸借契約は解約され又本件ビルの電気代は一ケ月当り一、二〇〇万円余りかかるので、ビル管理体制を日を追つて圧縮し経費の削減を行ない、冷房を一時停止したり、三台ある客用エレベーターを間引き運転し(同年秋からは一台しか運転せず。)、エスカレーターの停止、夜間収納金庫の廃止など種々のサービスを中止する措置をとり、昭和五〇年初め頃からは冷暖房を一切停止した。そのため本件ビル内の店舗の営業環境は極度に悪化し、個別に被告との賃貸借契約を合意解約して本件ビルから退去する者が続出し、昭和五〇年七月までには更に一四店舗が本件ビルから退去し、同五一年七月までには一三店舗が、同五二年七月までには一一店舗が、同五三年五月までには三店舗が退去した。このうち本件ビルの二、三階全部を賃借していた「三愛」が退去した後は、被告は客の流入流出の一番大きかつた京王井の頭線吉祥寺駅から本件ビルに入るのに最も目立つ位置にあつた出入口のシャッターを閉鎖し、昭和五三年五月の時点では七階に大型店舗として「東京堂書店」があるほか、地下一階に四店舗(この店舗は明渡を合意して暫定的に営業するもの)が、四階に「小川メガネ」「大日オートクチュール」「河内時計店」「カナザワ」「佐久間商店」の五店舗、五階に原告の一店舗の計一一店舗しかなくなり、その後「東京堂書店」「大日オートクチュール」「河内時計店」「カナザワ」「佐久間商店」の五店舗が退去したため、残るは地下一階の四店舗と四階の「小川メガネ」(但し昭和五四年六月以降営業休止状態)と五階の原告店舗のみとなり、出入口の一部閉鎖、照明の縮少、等ともあいまつて本件ビルはショッピングセンターとしての機能を全く失い、ビル全体が休業中かの如き外観を呈している。
原告は暖房のない状態での美容業の継続は困難であるため昭和五一年一月に専用のガスストーブを店内に設置すべく被告に対しその設置使用妨害を禁止する仮処分を申立て、右仮処分決定を得たが、審尋中にストーブの搬入を強行するなどして被告との間に紛争が生じ、同年六月に冷房機の設置使用妨害禁止の仮処分を申立て、右決定を得た上で機器を搬入した際にも、被告の従業員がこれを妨害しようとしたため、執行官が警察官の出動を得て被告従業員の抵抗を排除して機器を設置するとの事態も発生した。
しかし冷暖房の不充分なビル内での美容業の営業継続は困難で、昭和五一年夏には八階飲食堂街が退去してしまつたこともあり、原告は同年一〇月に本件ビルに近接する武蔵野市吉祥寺南町一丁目一番二号所在喜楽ビル二階に「マヤ片岡」美容室分室を賃借設置し、本件店舗は以後タオルの乾燥用に時々使用するのみで、従業員も常駐していない状態となつた(原告が昭和五一年一〇月以降本件ビルの近接に店舗を賃借し、同店舗で営業していることは当事者間に争いがない。)。
なお、原告が昭和五二年一〇月分までは本件店舗についての賃料名下の使用料を被告に支払つていたが、その後は一切これを支払つていないこと当事者間に争いがない(もつとも昭和五一年一〇月から同五二年一〇月までは被告が受領を拒絶したため原告において供託した。)が、原告は昭和五二年一一月以降の使用料について原告名義で毎月銀行に預金し、被告に対しその都度その旨連絡している。
3 以上認定した事実を総合し、被告の原告に対する昭和四九年一月三一日の賃貸借契約解約の意思表示につき正当事由が存するか否かを判断する。
被告の主張する本件店舗を含む本件ビルの自己使用の必要性とは、前認定のとおり被告の経営危機を打開するため被告の意図する額の入居保証金、敷金等の提供に応ずる資金力豊かな賃借人を入居させるために、従前からの賃借人で被告の賃料等の値上げの提案に応じないものを退去させるというものであり、自己使用による小型デパートとしての営業計画は昭和四九年一月三一日の時点では何ら具体性のあるものではなかつたこと、又被告の経営危機の招来については原告側には何ら責められるべき理由はなく、一方原告は本件店舗において「マヤ片岡」美容室を開店し、三年を超える期間賃料等を完納してきているものであつて、ようやく顧客も固定し若干ながら増加してきた昭和四九年一月三一日の時点では同店舗で引き続き営業を行なう利益、必要性は大きいものと認められること及び2において認定した諸事実を総合すれば、昭和四九年一月三一日の時点では被告には本件店舗の賃貸借契約を解約するにつき正当事由が存するとは認められず、被告の主張は失当である。
4 ところで、被告は昭和五〇年一一月二六日に提起された原告の本件店舗の賃借権存在確認請求を争い、本訴抗弁として本件店舗賃貸借契約の解約を主張し、更に同五二年八月一六日には原告に対して本件店舗の明渡等を求める反訴を提起していることは不断に原告に対し賃貸借契約の解約申入をなしているものと解されるから、これについて正当事由の有無について考えるに、2において認定した事実及び被告が原告に対して昭和五五年一月二九日の本訴第二二回口頭弁論期日に、仮に被告主張の正当事由が充分でないとすれば被告は原告に対し明渡移転料として一、四〇〇万円を提供して正当事由を補強する旨申立てたこと(右は訴訟上明らかである。)、前認定のとおり現状においては本件ビル内にはわずかに六店舗が散在しているのみで地上階には正常に営業を行なつている店舗は一店も存在せず、ショッピングセンターとしての機能を完全に失ない、ビル全体が休館状態にあるかの如き外観を呈し、原告も昭和五一年一〇月以降は本件店舗では全く営業を行なわず、同店舗には従業員も常駐せず、時々タオル乾燥のために使用されているに過ぎず、現在では顧客も喜楽ビルで営業している「マヤ片岡」美容室分室に直行し、本件店舗を訪れる者はほとんどいない(原告代表者尋問の結果により認める。)状況で、是が非でも再び本件店舗において営業を行なわなくてはならない必要性の乏しいこと、もつとも本件ビル内の多数の賃借人の退去が必ずしも自発的に行なわれたものとはいえず、被告の行なつた種々の本件ビル管理サービスの縮少による営業環境の悪化に耐えきれず、やむなく退去したものが多いのが実情ではあるが、一方において被告としても多額の欠損を生じ、会社として存続するためには本件ビルの処分をも含めた抜本的対策を立てる必要があり、現在の如く六店舗が散在する状況のままで本件ビルを放置したのでは欠損は累積する上、本件ビル全体の利用計画を立てるわけにもいかず、本件ビルの社会的有用性をも考慮すれば、現況を策出した責任が被告のみに存するとはいえ右一事をもつて原告の本件店舗賃貸借契約の存続を認めるのは妥当とは解し難い。又原、被告は本件訴訟手続においても立退料支払による原告の立退の方向で何回となく訴訟上の和解手続を行なつてきたが、原告が本件ビル内の他の賃借人に対して被告が支払つた立退料に比して巨額な立退料の支払を被告に求め、和解が成立しなかつた事情が存し、立退料名下の金員の額の多寡によつては原告としても立退き自体には拘泥しないとの態度をとつていたことによれば被告が原告に対し明渡移転料として一、四〇〇万円を支払うことによつて正当事由を補強すれば、その時点での被告の原告に対する解約の申入は正当事由を具備したものと認めるのが相当であつて、六か月の猶予期間の経過する昭和五五年七月二九日の終了をもつて本件店舗賃貸借契約は終了したものと解される。
以上の次第でこの点の被告の本訴抗弁は理由があり、原告の被告に対する本件店舗賃借権存在確認の請求は失当である。又、被告の原告に対する反訴請求については、主位的請求である本件店舗の無条件での明渡し及び明渡済までの使用料相当損害金を求めるものは、解除、解約を理由とするものいずれとも失当であるが、予備的請求である被告が原告に一、四〇〇万円を支払うのと引換えで、原告に本件店舗の明渡を求めるものは前認定のとおり理由がある。
三賃料等の減額請求について
1 原告が昭和五二年一月二〇日の本訴第一回口頭弁論期日に被告に対し本件店舗の賃料及び共同管理費を昭和五一年一一月一日以降各半額の一か月一二万一、九六〇円、六万三、四一八円に減額するよう意思表示をし、更に同五四年六月一四日の本訴第一八回口頭弁論期日に本件店舗の賃料及び共同管理費を同月一五日以降各二五パーセントの一か月六万〇、九八〇円、三万一、七〇九円に減額するよう意思表示をしたことはいずれも当事者間に争いがない。
2三2において認定したとおり、本件ビルは昭和五一年一一月一日の時点では既にショッピングセンターとしての機能阻害は甚しく、原告は本件店舗を賃借して使用収益する目的を達成しにくくなつたもので、又これが賃借人たる原告の過失によらざること前認定のとおりであるからこれに応じて店舗使用の対価である賃料及び、掃除、冷暖房、夜間収納金庫、排気、店内放送、屋上ネオンサイン等のための費用である共同管理費(右事実は証人米多三郎(第一回)の証言により認める。)の額は減額請求をし得べき状況となつていたものであるところ、前認定の事実、<証拠>によると、昭和五一年一一月一日以降の本件店舗の機能阻害により賃借人たる原告の受けた不利益は本件店舗賃料(最低額)及び共同管理費を各五割減ずるをもつて相当と解されるから、本件店舗の昭和五一年一一月一日以降の賃料は月額一二万一、九六〇円、共同管理費は月額六万三、四一八円が正当と認める。
3 原告は昭和五四年六月一五日以降の賃料等につき更に減額請求をするが、同日以降に本件ビルの管理状況に格別の変更があつたと認めるに足りる証拠はないので、かかる減額請求は失当である。
よつて、原告の被告に対する賃料等の減額請求は、原、被告間で昭和五一年一一月一日以降本件店舗賃貸借契約の存続する最終日である昭和五五年七月二九日までの本件店舗の賃料が月額一二万一、九六〇円、共同管理費が月額六万三、四一八円であることの確認を求める限度で理由がある。
四結論
以上の次第で原告の本訴請求は、原、被告間で昭和五一年一一月一日以降同五五年七月二九日までの本件店舗の賃料が月額一二万一、九六〇円、共同管理費が月額六万三、四一八円であることの確認を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、被告の反訴請求は原告に対し、被告から一、四〇〇万円の支払を受けるのと引換えに本件店舗の明渡を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用し(なお反訴請求についての仮執行宣言の申立は相当でないからこれを却下する。)て主文のとおり判決する。
(岡田潤 並木茂 高林龍)
物件目録<省略>